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Steve Jordan 追悼の夜会 [テックスメックス]

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スティーヴジョーダンを偲ぶ会を行う旨、Music Campより連絡がありました。
もともとは国内盤発売のリリースパーティーだったのですが急遽変更となりました。
http://barriogoldblog.m-camp.net/?eid=1407663
日時、場所は、以下のとおりです。
8月28日18時〜、東京中目黒のメキシコ料理店、「ジャンカデリック」。
連絡先:03-5725-5020
http://junkadelic.jp/
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スティーヴ・ジョーダンが亡くなりました [テックスメックス]

天才的なテックスメックスアコーディオン奏者、スティーヴ・ジョーダンが、去る8月13日、サンアントニオにて友人宅にて亡くなりました。
訃報記事は以下のように彼の死を紹介しています。

http://www.mysanantonio.com/entertainment/Accordion_legend_Esteban_Jordan_dies_100675064.html

ここ数年、わたくしのもとに入ってくる情報は、彼は大丈夫かとか、重体じゃないか、という憶測がほとんどでした。
それと同時に、彼の公式ホームページでは、サンアントニオのバーにおけるライブ告知があったりして、彼の状況はどうなんだろう、と正確な状況がつかみかねる状況が続いていました。
しかし2008年に彼のトリビュートコンサートがオースティンで開催された、2009年のサンアントニオコンフントフェスティバルのとりをとった、さらには今年に入ってからは彼の自主レーベルから新譜が出るなど、という明るい話題も入ってきて、回復しつつあるのかなと感じさせてくれていました。
Facebookなどを見ると、病気に耐えながら、最期まで音楽に対して前向きだった彼の姿勢が伺えます。
8月以降のブッキングもあったようです。
わたくしにとっては、彼の国内盤2種が出された矢先の出来事でした。
長年にわたり、素敵な音楽を提供し続けてくれた、偉大なアコーディオン奏者、スティーヴ・ジョーダンさんのご冥福を心からお祈り申し上げます。



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スティーヴ・ジョーダンの国内盤が発売されます。 [テックスメックス]

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前回の記事は今回の準備のために慌てて書いたんじゃないかと疑われるかもしれませんが、20%くらいはほんとですが、以前から時間をかけて準備していたことも事実だと言い訳をしてから本題に入ります。

スティーヴ・ジョーダンのハシエンダ時代のアルバム、2種が国内盤として発売されることになりました。
「アオリータ」(music camp BG-5093)と「ターン・ミー・ルーズ」(music camp BG-5094)
それぞれ定価2625円、解説、歌詞カード対訳付き。8月9日発売です。
いまさら申し上げるまでもない代表作ですが、これを機に、ファンがもっと増えてくれたらと願っています。
解説は、彼のバイオグラフィーと92年に来日したときのインタヴューの抜粋が共通して入っており、それぞれのアルバムに曲紹介が入っています。
僕はバイオグラフィーと「アオリータ」の曲紹介で協力させていただきました。

また、CDのジャケ写も新たに取り直し、アナログオリジナル盤とほぼ同じコンディションに成っています。

Music Campのサイト、主要メガストア、アマゾンなどで購入可能です。

よろしくお願いいたします。

なお、ボタン・アコーディオンの歴史、次回は中南米におけるボタン・アコーディオンの普及について書いてみようかな、と思っております。


文責 吾妻虎太郎 こと 長谷雅春

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ボタン・アコーディオンの歴史(1) [テックスメックス]

 メキシコ北部のノルテーニャや、テキサス南部のメキシコ系音楽であるコンフントあるいはテックスメックスで中心となる楽器、ボタン・アコーディオン。その出自の記録は、資料が今日にまで残されています。
 本節では、ボタン・アコーディオンについて、歴史的に捉える試みから始め、コンフントを成立させた、ボタン・アコーディオンの名手たちにまでスポットを当てることができればと思います。

 もともとアコーディオンは、ボタン・アコーディオンをもって誕生し、その後、クロマチック・アコーディオンや鍵盤アコーディオンが生まれて行った、というプロセスを経て発展していった楽器です。
 したがって、アコーディオン誕生の原型を保持しているボタン・アコーディオンが今日において使われていること自体、大変興味深いことということができます。
 ボタン・アコーディオンは、小振りでそんなに重くなく、持ち運びに便利、そして蛇腹の扱い方により凶暴な音も優雅な音も自在に出すことができる便利な楽器です。蛇腹を押す時と引く時で音が異なるため演奏法の修得に苦労するかもしれませんが、馴れればかなり複雑なメロディも紡ぎ出せるようになる。そんな魅力を持ったボタン・アコーディオンはどのように誕生していったのか、ウイキペディアやアーフーリーのライナーノーツ、それに"Puro Conjunto"などの文献を参考に、わたくしなりに整理を試みました。

 まずもともとは、中国から伝わった笙などをもとに、ヨーロッパの楽器職人が改良を加え、アコーディオンを開発していったと伝えられていますが、明確にアコーディオンと認識されるのは、1822年にドイツ、ベルリンのフリードリッヒ・ブッシュマン(Friedrich Buschmann)が特許を取得したもの(「ハンド・エリオーネ」と呼ばれた)とされています。しかし、近代的な10ボタンアコーディオンは1829年にウィーンのピアノ・オルガン職人、シリル・デミアン(Cyrillus Damian,1772-1847)が二人の息子たちとともに考案したものが最初とされているようです。
 「アコーディオン」という表記はデミアンによる命名であり、「和音」を意味する「accord」に「器」を意味するギリシャ語の接尾語を組み合わせたものだそうです。以下本稿でアコーディオンと表記するとき、それはボタン・アコーディオンのことを示しています。
 彼らが取得した、このアコーディオンと呼ばれる楽器に関する特許について、申請、受諾等の記録が今日にまで残されています。それによれば、デミアン親子は、1829年5月6日この楽器で特許を申請し、5月23日、特許が認められた、とのことで、特許取得の書類、原初のアコーディオンなどについては、以下のサイトに紹介されています。

http://www.ksanti.net/free-reed/

 当初のアコーディオンは、「基本的な概観は、メタルの薄片と蛇腹をくっつけた小さな箱で、持ち運びに便利で旅行者が持ち運ぶとき、この楽器に感謝するでしょう。」と説明されており、その利便性が強調されています。
 デミアン親子によって発明されたアコーディオンは、いわゆるボタンが縦一列に並んでいる、いわゆるワンロウ(1列)のボタン・アコーディオンです。
 その構造や仕組みについての詳細は触れませんが、持ち運びに便利だったことと、発明されたアコーディオンは、今日のボタン・アコーディオンの原型だった、ということを指摘しておきたいと思います。
 

 彼らが発明したアコーディオンは、その後、ロシアやイタリア、スペイン、イギリスなど、ヨーロッパ各地に普及していき、それぞれの地域で独自の発展を遂げました。

 そして、いうまでもなくアコーディオンは大陸から離れ、カリブ海の国々や、南米、中米などの諸国にも伝わっていきました。

 その理由はいろいろ考えられます。19世紀、ヨーロッパ諸国の不安定などの理由で、新大陸でひとやま当てようという野心をもった山師や、鉱夫や職人たちとともにもたらされたのではないか、あるいは、ヨーロッパの楽器商人が、中南米への移住者に注目し、積極的に市場を求めていった、などの説がとりあえず思い浮かびます。
 メキシコの銀山目当てに移住した鉱夫や、あるいは彼らを目当てのビール職人などが、手軽で、演奏しやすく、音も大きいアコーディオンを持っていったことは充分に考えられます。
 楽器商人については、はっきりした証拠は上げられませんが、ホーナー社はかなり速い時期からハーモニカをアメリカで普及させ、19世紀後半にはアコーディオンの販売にも力を入れていたようです。
 こうした説を総合して推測すれば、おおよそ以下の事が言えるでしょう。
 ボタン・アコーディオンは1820年代にドイツで発明され、その後、ヨーロッパ各地に普及していった。メキシコ、テキサス南部には19世紀半ばには伝えられていた、20世紀のはじめには、ホーナー社のアコーディオンがテキサス南部、メキシコ北部に普及していた、と。





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