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第54回グラミー賞から [テックスメックス]

ご無沙汰しております。
第54回グラミー賞が決まりましたね。
恒例のテックスメックス関係の受賞、候補の紹介です。
総じてノルテーニョをはじめ、メキシコ勢の勢いが感じられますね。

まずはBest Regional Mexican or Tejano Album
今年度の受賞者はPepe Aguilarのアルバム、Bicentenario。
彼の紹介はwikiから。

http://en.wikipedia.org/wiki/Pepe_Aguilar

とりあえず彼の映像も張っておきます。
http://www.youtube.com/user/pepeaguilaroficial

本年度の候補作は以下のとおり。
Orale – Mariachi Divas De Cindy Shea
Amor A La Musica – Mariachi Los Arrieros Del Valle
Eres Un Farsante – Paquita la del Barrio

Paquita la del Barrioの説明は以下から。
http://en.wikipedia.org/wiki/Paquita_la_del_Barrio

受賞候補の映像。

彼女の音楽はこんな感じです。
http://www.youtube.com/watch?v=x-IvsFh0-LY


Huevos Rancheros – Joan Sebastian
– Joan Sebastianの説明は以下から。
http://en.wikipedia.org/wiki/Joan_Sebastian


次はノルテーニョ部門。
今年度の受賞者はLos Tigres del Norteのアルバム、MTV Unplugged: Los Tigres del Norte and Friends

彼らは何回も受賞しているのでは? 定かではありませんが。
彼らのMTVアンプラグドはyoutubeにもあります。

http://www.youtube.com/watch?v=nFfihHEukw0


本年度の候補作は以下のとおり。
Estare Mejor – El Güero y Su Banda Centenario

El Güero y Su Banda Centenarioの映像です。

http://www.youtube.com/watch?v=BxK-6PjG02E

Intocable 2011 – Intocable

Intocableの映像です。

http://www.youtube.com/watch?v=DzjqzL-X2sc&feature=fvst


El Árbol – Los Tucanes de Tijuana
Los Tucanes de Tijuanaはこんなバンド。

http://en.wikipedia.org/wiki/Los_Tucanes_de_Tijuana

グラミー賞候補のタイトル曲。

http://www.youtube.com/watch?v=dgXTaWuUDGA




No Vengo A Ver Si Puedo... Si Por Que Puedo Vengo – Michael Salgado

Michael salgado はこんな人。

http://en.wikipedia.org/wiki/Michael_Salgado

ざっとこんな感じですが、いかがですか。
ノルテーニョ、強いですね。マリアッチも強烈な第54回グラミー賞でした。




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Little Joe(6) [テックスメックス]

前回を受けて。では彼の思い出はいったいなんだったんだろう。このアルバム“Recuerdos”で取り上げた曲について、概要等を紹介します。
1曲目、軽快なポルカのリズムの“Pajarillo Barranqueno”は古いメキシコの曲で多くの歌手が取り上げている。
ここではコンフントの女王Lydia Mendozaの名演から。

http://www.youtube.com/watch?v=swW6nBfMJrg

比較的最近ではTish Hinojosa や多分彼女から教わったと思われるJoan Baezのヴァージョンもある。

http://www.youtube.com/watch?v=bcLqM9jLMfI

2曲目、“Tu y Las Nubes”と5曲目、“Te Vas O Te Quedas”はメキシコ民衆歌の巨人、Jose Alfred Jimenezの曲。Little Joeは昔から歌っていたと記憶するが、“Tu y Las Nubes”は彼の好きな単語、Nubes(雲)がタイトルに入っている曲としても興味深い。

http://www.youtube.com/watch?v=Mlpboy-kqMQ

http://www.youtube.com/watch?v=RS86SSfBiFU


3曲目、“Indita Mia”もコンフントの名曲、Little Joeのアレンジは独特だけど、リズムはたぶん Los Alegres de Telan からとっていると思う。ポルカでもよく演奏される曲。
4曲目“Pa que me sirve la vida”はLittle Joeはポルカにアレンジしているが、今は亡きセリーナはマリアッチのワルツで演奏してた。

http://www.youtube.com/watch?v=aLGWkWzrePQ

6曲目“Mi Rannchito”と11曲目、“Soldado Razo”はFelope V.Lealの曲。
ここでは11曲目、“Soldado Razo”のたぶんオリジナルではないかな。Pedro Infante、1942年の名唱。

http://www.youtube.com/watch?v=VtEWJlxXMdU&feature=related

メキシカンカウボーイの曲。7曲目“Cuatro milpas”も大有名曲、やはりLos alegres de teranの演奏が有名だけど、ここではLas Jilguerillasの演奏を紹介。

http://www.youtube.com/watch?v=0X8GS1AP1GY

8曲目は作者不詳のポピュラーソングとのことだが、よくわからなかった。

9曲目、Augustin Laraの名曲をRosita Arenasの名唱で。

http://www.youtube.com/watch?v=S7Fkx4cmGFk

10曲目、“Me cai de la nube”のオリジナル、Cornelio reynanoの名唱はこちらから。

http://www.youtube.com/watch?v=TQwcLQPSQKc









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Little Joe(5) [テックスメックス]

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オルケスタあるいはムシカ・テハーナのパイオニアLittle Joeは近年も勢力的に活動を続け2006年、2008年グラミー賞ベスト・テハーノ賞を受賞し、2009年に出したSunny Ozunaへのトリビュート・アルバムの完成度も高かった。そして2010年に出したアルバム、“Recuerdos”も2011年度のグラミー賞を受賞している。
グラミー賞の連続受賞となるとその権威について疑問が出てこないわけでもないが、それぞれのアルバムを聞いた限りでは内容的にどれも文句なし。グラミー賞受賞も十分に納得がいく。
「思い出」とでも訳されるであろうこのアルバム “Recuerdos”にはLittle Joeの簡単なライナーノーツがついており、「あまりにもみごとにわれわれの文化や歴史の一部を形成しているこれらの(このアルバムで取り上げた)素晴らしい名曲を、新しいファンに正しく理解するようにさせることが私の望みなのだ」と記している。言い換えればこのアルバムは、より若い世代のLittle Joeのファンに、彼が歌い継いで来た古典的名曲の良さを伝えることを目的とした作品集、となろう。
しかし実際にこのアルバムを聞いてみると、彼の音楽を長年に渡って聞き続けて来たファンには少しだけ違和感を感じるかもしれない。
アルバム全編にわたってあの特徴的なホーンもなく、ドラムスも入っておらず彼が得意としたオルケスタと呼ばれるフルバンドの編成からはほど遠いものとなっている。
具体的にはほぼ全編にわたってギター、ベース、スチール・ギター、フィドル、というシンプルな編成になっており、これにドラムが加わればカントリー音楽と同じではないかとさえ思わせる。しかし取り上げた曲はメキシコ歌謡、ノルテーニョの古典ばかりで、チカーノ・カントリーというカテゴライズもこのアルバムには馴染まない。
ではこれはいったいどういうアルバムなんだろう。
あまりにも個性的・オリジナルな作品にその性格付け試みるのはナンセンスだと承知の上で書かせていただけば、「メキシコ歌謡のクラシックの本質をわしづかみにし、シンプルに料理してリスナーに提供する彼の手腕が真骨頂のアルバム」、とでもいうべきか。Little Joeの圧倒的な歌唱力およびシンプルな楽器構成と卓越した演奏能力をもって、彼らの遺産ともいうべきメキシコ歌謡のメロディと歌詞を装飾を排して原型に近いままに、聴衆に伝えているのである。
彼がなんでこのようなアルバムを作ろうとしたか、想像を巡らすと面白い。
たとえばフィドルに注目すると、彼が幼い頃からラジオなどを通して聞き慣れたウエスタンスウィングからの影響かなとも思わせるし、あるいは実際に南テキサスの綿畑で綿摘みの仲間が仕事の合間に演奏したフィドルチューンが記憶の底に残っていたのではないか、とも思わせる(綿畑でフィドルチューンを演奏することついては、Bob Willsのアルバムライナーノーツなどで触れられている)
ギターの音色やスティールギターの音色も、彼が幼い頃にラジオから流れて来た音楽の感じを再現しているのではないか?
彼の思い出あるいは記憶はいったいなんだったんだろう。
このアルバム“Recuerdos”は、そんな思いを巡らせてくれる回顧アルバムである。


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ボタン・アコーディオンの歴史(2) [テックスメックス]

明けましておめでとうございます。
ほんとに気まぐれに進めているテックスメックスのご案内。

だいぶインターバルがあいてしまいましたが、アコーディオン、テックスメックスへの興味は途切れることなく持続しております。

今回は、ボタン・アコーディオンの歴史。2回目

ボタン・アコーディオンが中南米、カリブ海周辺に伝播していったプロセスがテーマです。

といっても大げさなものではなく、わたし個人の経験や、気になった映像からアコーディオンにかかわる部分を抽出し、それらを整理していこうと思います。

 まず、わたしがはじめて中南米の音楽にボタン・アコーディオンが関わっていたのを知ったのドミニカのメレンゲ、ルイス・カラフでした。
http://www.youtube.com/watch?v=tirRDa3EjSA

カラフの映像(アコが入っているもの)はなかなか見つかりませんでしたが、別の人の演奏で映像を探してみると。
http://www.youtube.com/watch?v=X_SuNkk7ts0&feature=related

Fefitaの素晴らしい演奏。祝祭的な雰囲気が現代にも息づいている、という印象。
彼女のライバル(?)、マリア・ディアスも紹介します。彼女は、昔アルバムを買いました。
http://www.youtube.com/watch?v=WRiR1Qiwxn0&feature=related

メレンゲは、最初トレスとかクワトロみたいな弦楽器で演奏されていたようですが、19世紀後半、ドイツの商人がタバコ用喫煙具を売りにきたとき、アコーディオンがドミニカにもたされ、以後、弦楽器にかわってメインの楽器になったとされています(ウイキペディアより)。


次はお隣のハイチ。

タブーコンボの名曲です。

http://www.youtube.com/watch?v=UCOmngpsW60&feature=fvw

ニューヨークシティー。アコーディオンが聴こえてきますが、ボタン・アコかどうかはわかりません。
こんな映像もあります。ご参考まで。なお映像のアコはクロマチック。しかも演奏とは無関係の映像のようですね。
http://www.youtube.com/watch?v=oEyNdieOeqU&feature=related

実は、以前タブー・コンボが来日したとき、1曲だけピアノの人がボタン・アコーディオン(ダイアトニク)を持ち替えて演奏をしたのを見ました。

ドミニカ、ハイチは、同じイスパニューラ島にあり、複雑な歴史的バックグラウンドをもっていますが、面白いのは、ドミニカでは3連のボタンアコーディオンが長きに渡り使用され、ハイチでは、その時々で、ボタン・アコーディオンでも、ダイアトニックからクロマチックへ、さらに鍵盤アコーディオンへと進化していった、時代的な変遷がある、ということ。
この比較は、たんなる思いつきの域をでませんが、黒人も演奏していたかもしれないけど、スペイン系の白人がメインだったドミニカではアコーディオン奏者も職人気質で当初の原型的な楽器=ボタン・アコーディオンにこだわりをもっていた。
それに対して、黒人政権の国ハイチでは演奏者も当然黒人であり、進取の精神が旺盛で新しもの好きな、黒人の嗜好傾向を示しているのではないか。
そんなことを思い浮かべました。

次はコロンビアから。
リサンドロ・メサ。
素晴らしい演奏がたくさんありますね。

http://www.youtube.com/watch?v=Dk3IfkAqkgI

http://www.youtube.com/watch?v=hXAY7h-VwBQ&a=GxdCwVVULXdMyj56MMQy5oFmQyTk_jk8&list=ML&playnext=1

次はパナマから。
カーニバルのフェスみたいです。

http://www.youtube.com/watch?v=Kfiu09hyyKk&feature=related



これらの映像に出ているアコーディオンは実際の生活のなかでは、どのような役割を示していたのか、またどのような位置づけだったのか。ガルシア・マルケス『百年の孤独』には、アコーディオンに関する活き活きとした描写があります。

コロンビアのクンビアも、メレンゲと同様、当初主流だった弦楽器が、西洋から入ってきたアコーディオンに主役の座をとって代わられたようです。

 それぞれの音楽の背景には、アフリカやヨーロッパ、現地のフォルクローレなど、様々な要因が絡み合っているんだけど、そうしたバックグラウンドのもと、19世紀には新しい楽器であったアコーディオンに対して、様々な感性が結集し、新しい音楽が生まれた、ということが言えるかもしれません。

次に、テキサス州サンアントニオで行われている、国際アコーディオンフェスを紹介します。これは2009年のもの。いろいろあります(ボタン以外も)。

http://www.youtube.com/watch?v=yh3MUA6PtUI&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=fz9Fiq0nKtU&feature=related

テキサス、ドミニカ、ブラジルのセッションですね。

以上、かなりラフにカリブ海周辺のアコーディオン音楽を展望してみました。

大まかにいって、1820年代にドイツで発明されたボタン・アコーディオンがカリブ海諸国や中南米諸国に波及していった。
だいたい1860年代から19世紀後半にかけて、ということになります。
ホーナー社のアコーディオンは1860年代には商品化されていました。

楽器の進化も踏まえれば、やはり19世紀後半には、ある程度楽器としての条件が整った製品としてのアコーディオンが中米各地に普及していった、と考えられます。
では、メキシコ北部、いわゆるノルテーニョと呼ばれる音楽が盛んだった地域へ、ボタン・アコーディオンはどのように伝播していったのでしょうか?

以下、次回、取り上げてみたいと思います。










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スティーヴ・ジョーダンその後 [テックスメックス]

スティーヴ・ジョーダンが亡くなってから1ヶ月ちょっとたちました。
彼に関するネットの記事などをまとめてみました(mixiコミュニティー、スティーヴ・ジョーダンにわたくしが書いたものの転載です)

まず、たぶんこの記事がきっかけに全世界にニュースがゆきわたったんじゃんじゃないでしょうか。
マイサンアントニオから。エクトル・サラナーダさんの執筆。2010.8.14.
http://www.mysanantonio.com/entertainment/Accordion_legend_Esteban_Jordan_dies_100675064.html

オースティンのウェブニュースから。マイケル・コーランさんによる記事。
http://www.austin360.com/music/steve-esteban-jordan-gave-the-accordion-a-new-859946.html

こちらはサンアントニオカレントから。同じくマイケル・コーランさんによる記事。2005年の論文で、彼の死に際して、再掲されたようだ。
http://www.sacurrent.com/special/story.asp?id=60869

次は全国紙、ワシントンポスト。バイオが結構詳しいです。テレンス・マカーデルさんの執筆。8月19日。
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/08/16/AR2010081604714.html

同じワシントンポストから。8月18日。こちらは8月テレンス・マカーデルさんの執筆。
http://voices.washingtonpost.com/postmortem/2010/08/esteban-steve-jordan-virtuoso.html

こちらには、彼のファンのコメントがあります。
http://www.sacultura.com/Accordion_legend_Esteban_Jordan_dies_10067

ポルカのファンサイトから、こちらにもファンのコメントあり。
http://www.letspolka.com/2010/08/esteban-steve-jordan-dies/

彼の息子たちは、父の死後、積極的にライブ活動を行っているようです。以下でチェックしてください。
http://www.facebook.com/?ref=home#!/pages/San-Antonio-TX/Jordan-Records-Inc/293000616684

なお、現在のメンバーは以下のとおり。(facebook からのコピーです)

Juanito Castillo (accordion-vocals), Ricardo Jordan (bass-vocals), Esteban Jordan III... (guitar-vocals-synthisizer-sax...aphone-flute-congas), and Alejandro Valdez (drums-percussion).


今後、彼の評価がどうなるか、注目されるところです。

Steve Jordan 追悼の夜会 [テックスメックス]

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スティーヴジョーダンを偲ぶ会を行う旨、Music Campより連絡がありました。
もともとは国内盤発売のリリースパーティーだったのですが急遽変更となりました。
http://barriogoldblog.m-camp.net/?eid=1407663
日時、場所は、以下のとおりです。
8月28日18時〜、東京中目黒のメキシコ料理店、「ジャンカデリック」。
連絡先:03-5725-5020
http://junkadelic.jp/
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スティーヴ・ジョーダンが亡くなりました [テックスメックス]

天才的なテックスメックスアコーディオン奏者、スティーヴ・ジョーダンが、去る8月13日、サンアントニオにて友人宅にて亡くなりました。
訃報記事は以下のように彼の死を紹介しています。

http://www.mysanantonio.com/entertainment/Accordion_legend_Esteban_Jordan_dies_100675064.html

ここ数年、わたくしのもとに入ってくる情報は、彼は大丈夫かとか、重体じゃないか、という憶測がほとんどでした。
それと同時に、彼の公式ホームページでは、サンアントニオのバーにおけるライブ告知があったりして、彼の状況はどうなんだろう、と正確な状況がつかみかねる状況が続いていました。
しかし2008年に彼のトリビュートコンサートがオースティンで開催された、2009年のサンアントニオコンフントフェスティバルのとりをとった、さらには今年に入ってからは彼の自主レーベルから新譜が出るなど、という明るい話題も入ってきて、回復しつつあるのかなと感じさせてくれていました。
Facebookなどを見ると、病気に耐えながら、最期まで音楽に対して前向きだった彼の姿勢が伺えます。
8月以降のブッキングもあったようです。
わたくしにとっては、彼の国内盤2種が出された矢先の出来事でした。
長年にわたり、素敵な音楽を提供し続けてくれた、偉大なアコーディオン奏者、スティーヴ・ジョーダンさんのご冥福を心からお祈り申し上げます。



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スティーヴ・ジョーダンの国内盤が発売されます。 [テックスメックス]

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前回の記事は今回の準備のために慌てて書いたんじゃないかと疑われるかもしれませんが、20%くらいはほんとですが、以前から時間をかけて準備していたことも事実だと言い訳をしてから本題に入ります。

スティーヴ・ジョーダンのハシエンダ時代のアルバム、2種が国内盤として発売されることになりました。
「アオリータ」(music camp BG-5093)と「ターン・ミー・ルーズ」(music camp BG-5094)
それぞれ定価2625円、解説、歌詞カード対訳付き。8月9日発売です。
いまさら申し上げるまでもない代表作ですが、これを機に、ファンがもっと増えてくれたらと願っています。
解説は、彼のバイオグラフィーと92年に来日したときのインタヴューの抜粋が共通して入っており、それぞれのアルバムに曲紹介が入っています。
僕はバイオグラフィーと「アオリータ」の曲紹介で協力させていただきました。

また、CDのジャケ写も新たに取り直し、アナログオリジナル盤とほぼ同じコンディションに成っています。

Music Campのサイト、主要メガストア、アマゾンなどで購入可能です。

よろしくお願いいたします。

なお、ボタン・アコーディオンの歴史、次回は中南米におけるボタン・アコーディオンの普及について書いてみようかな、と思っております。


文責 吾妻虎太郎 こと 長谷雅春

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ボタン・アコーディオンの歴史(1) [テックスメックス]

 メキシコ北部のノルテーニャや、テキサス南部のメキシコ系音楽であるコンフントあるいはテックスメックスで中心となる楽器、ボタン・アコーディオン。その出自の記録は、資料が今日にまで残されています。
 本節では、ボタン・アコーディオンについて、歴史的に捉える試みから始め、コンフントを成立させた、ボタン・アコーディオンの名手たちにまでスポットを当てることができればと思います。

 もともとアコーディオンは、ボタン・アコーディオンをもって誕生し、その後、クロマチック・アコーディオンや鍵盤アコーディオンが生まれて行った、というプロセスを経て発展していった楽器です。
 したがって、アコーディオン誕生の原型を保持しているボタン・アコーディオンが今日において使われていること自体、大変興味深いことということができます。
 ボタン・アコーディオンは、小振りでそんなに重くなく、持ち運びに便利、そして蛇腹の扱い方により凶暴な音も優雅な音も自在に出すことができる便利な楽器です。蛇腹を押す時と引く時で音が異なるため演奏法の修得に苦労するかもしれませんが、馴れればかなり複雑なメロディも紡ぎ出せるようになる。そんな魅力を持ったボタン・アコーディオンはどのように誕生していったのか、ウイキペディアやアーフーリーのライナーノーツ、それに"Puro Conjunto"などの文献を参考に、わたくしなりに整理を試みました。

 まずもともとは、中国から伝わった笙などをもとに、ヨーロッパの楽器職人が改良を加え、アコーディオンを開発していったと伝えられていますが、明確にアコーディオンと認識されるのは、1822年にドイツ、ベルリンのフリードリッヒ・ブッシュマン(Friedrich Buschmann)が特許を取得したもの(「ハンド・エリオーネ」と呼ばれた)とされています。しかし、近代的な10ボタンアコーディオンは1829年にウィーンのピアノ・オルガン職人、シリル・デミアン(Cyrillus Damian,1772-1847)が二人の息子たちとともに考案したものが最初とされているようです。
 「アコーディオン」という表記はデミアンによる命名であり、「和音」を意味する「accord」に「器」を意味するギリシャ語の接尾語を組み合わせたものだそうです。以下本稿でアコーディオンと表記するとき、それはボタン・アコーディオンのことを示しています。
 彼らが取得した、このアコーディオンと呼ばれる楽器に関する特許について、申請、受諾等の記録が今日にまで残されています。それによれば、デミアン親子は、1829年5月6日この楽器で特許を申請し、5月23日、特許が認められた、とのことで、特許取得の書類、原初のアコーディオンなどについては、以下のサイトに紹介されています。

http://www.ksanti.net/free-reed/

 当初のアコーディオンは、「基本的な概観は、メタルの薄片と蛇腹をくっつけた小さな箱で、持ち運びに便利で旅行者が持ち運ぶとき、この楽器に感謝するでしょう。」と説明されており、その利便性が強調されています。
 デミアン親子によって発明されたアコーディオンは、いわゆるボタンが縦一列に並んでいる、いわゆるワンロウ(1列)のボタン・アコーディオンです。
 その構造や仕組みについての詳細は触れませんが、持ち運びに便利だったことと、発明されたアコーディオンは、今日のボタン・アコーディオンの原型だった、ということを指摘しておきたいと思います。
 

 彼らが発明したアコーディオンは、その後、ロシアやイタリア、スペイン、イギリスなど、ヨーロッパ各地に普及していき、それぞれの地域で独自の発展を遂げました。

 そして、いうまでもなくアコーディオンは大陸から離れ、カリブ海の国々や、南米、中米などの諸国にも伝わっていきました。

 その理由はいろいろ考えられます。19世紀、ヨーロッパ諸国の不安定などの理由で、新大陸でひとやま当てようという野心をもった山師や、鉱夫や職人たちとともにもたらされたのではないか、あるいは、ヨーロッパの楽器商人が、中南米への移住者に注目し、積極的に市場を求めていった、などの説がとりあえず思い浮かびます。
 メキシコの銀山目当てに移住した鉱夫や、あるいは彼らを目当てのビール職人などが、手軽で、演奏しやすく、音も大きいアコーディオンを持っていったことは充分に考えられます。
 楽器商人については、はっきりした証拠は上げられませんが、ホーナー社はかなり速い時期からハーモニカをアメリカで普及させ、19世紀後半にはアコーディオンの販売にも力を入れていたようです。
 こうした説を総合して推測すれば、おおよそ以下の事が言えるでしょう。
 ボタン・アコーディオンは1820年代にドイツで発明され、その後、ヨーロッパ各地に普及していった。メキシコ、テキサス南部には19世紀半ばには伝えられていた、20世紀のはじめには、ホーナー社のアコーディオンがテキサス南部、メキシコ北部に普及していた、と。





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国境問題、不法移民問題などについて [テックスメックス]

第7節ということで、ボタン・アコーディオンの歴史を書く準備をしているのですが、その過程で、メディアの情報からの刺激も受け、いろいろな思いが逡巡しました。
前置きという意味も込めて、少し触れておくことにしました。

そんな刺激のひとつが、TBSラジオキラキラにおける映画評論家、町山智浩さんの、映画『マチエテ』についての発言です(2010年5月28日の放送から)。
これはポッドキャストで聞けます。

http://podcast.tbsradio.jp/kirakira/files/20100528_machiyama.mp3

悪名高きアリゾナの新移民法に対する抗議として発言されたチカーノ系女優ジェシカ・アルバの「国境をわれわれが越えたんじゃない。国境がわれわれを越えたんだ」というメッセージが印象的です。
米国におけるメキシコ系の人びとに勇気を与える、説得力をもった発言であり、チカーノ・アイデンティティを考える上でもある特定の重みをもったメッセージであると思います。
「ダーク・エンジェル」のヒロイン、ジェシカ・アルバの発言の背景にあるのは、ポッドキャストでも指摘されているように、メキシコ系住民の「不法移民禁止は意味がない、その根拠はアリゾナやテキサス、ニューメキシコ、カリフォルニアなどはもともとメキシコの領土だったから」、という考え方です。

参考までに以下、5月27日ツイッター上でのわたくしの関連のつぶやきを再掲載します。

なお、もとの記事であるtwilogおよびツイッターのアドレスは以下のとおり。
 http://twilog.org/tigertokyo
 http://twitter.com/tigertokyo


『ブラック・ミュージックの伝統(下)』に、メキシコからギターが入りそれがブルースという音楽様式の成立のキメ手になった、との説あり。レッドベリーを思い起させる。飛躍してカーターファミリー・ピッキングもメキシコから、という妄想が浮上。バホ・セクストのベースランニングからの類推です。
posted at 12:10:01

TBSラジオ、キラキラにて。高名な映画評論家より、アリゾナなどにおける不法移民禁止について、メキシコ系住民より禁止は意味がない、との主張が出てきているとのこと。アリゾナやテキサス、ニューメキシコなどもともとメキシコの領土だったから、という根拠。なかなか興味深い動きです。
posted at 16:14:59

音楽の世界でも、アメリカ・メキシコの国境をとっぱらったほうが、その地域の音楽が理解しやすくなる、という考え方あり。これだとムシカ・ノルテーニャの捉え方がすっりする。
posted at 16:18:20

これらの考え方の背景には、戦争などの政治的要因によって境界が定まる前には、すでにスペイン征服以来育まれてきた民族や共同体のネットワークがそれらの地域で出上がっていた、という認識があったから。
posted at 16:23:25

1960年代のブラウンパワー、70年代の農民闘争と、チカーノ運動が活発化した時代、Raza Unida Party など、組織化やネットワーク化が進んだ訳だけど、その背景にはメキシコ系の人びとの間にもともとネットワーク作りに長じた民族的資質があったのかもしれない。
posted at 17:17:13

あるいは、マイノリティはマジョリティに対抗するために、どうしてもネットワークを構築を、せざるを得ないのかもしれない。
posted at 17:19:19


以上、本論に入る前の序章として。




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